代理ミュンヒハウゼン症候群とは|献身の陰に隠れた愛と支配
わたし渡邉登代美は西暦2000年の26年前に4度の手術後、半分寝たきりになった時に栄養不足と毒の溜まりすぎが病気の原因だったことを知りました。
その後元気になり、健康アドバイザーとして2001年から25年、たくさんの人に関わっていく中で、健康に良いツールのサプリメント、抜けない水素水、波動療法、
運動療法、心理学療法、ヒーリングに出会いながら、時にはアメリカまで行って勉強しました。
そして健康は一つの角度からだけでなく、様々な角度からのアプローチが必要と気づきました。
真の健康は心の健康、体の健康、魂の健康が揃ってこそだと思い、その大切さ、そのことを伝えるべくブログを書いています。
ですのでわたしのブログは心の健康、体の健康、魂の健康をテーマに書いています。
代理ミュンヒハウゼン症候群とは何か。
特徴やミュンヒハウゼン症候群との違い、認められたい心の奥を見つめ、
健全な愛へ変わる道を考えます。
代理ミュンヒハウゼン症候群とは|特徴と二つの作為症の違い
1.自ら病気を作り出すミュンヒハウゼン症候群
ミュンヒハウゼン症候群という言葉をご存じでしょうか。
現在は「自らに負わせる作為症」と呼ばれ、自分の症状や病歴を意図的に装ったり、
病気になるような行為をしたりしながら、病院を渡り歩くことがあります。
仕事を休める、金銭を得るといった分かりやすい利益よりも、病人として扱われ、
医師や看護師から診察や処置を受けること自体を求めるところに特徴があります。
2.代理ミュンヒハウゼン症候群の特徴
これに対して、代理ミュンヒハウゼン症候群とは、
自分ではなく、子どもなど他者に病気やけがを作り出すものです。
現在は「他者に負わせる作為症」とも呼ばれます。
親や養育者が虚偽の病歴を伝えたり、検体を操作したり、
薬物などによって症状を起こしたりすることがあります。
表面上は、かいがいしく世話をする献身的な人に見えるため、周囲が気づきにくいのです。
これは愛情の問題だけではなく、
子どもの命や健康を脅かす児童虐待、医療虐待として考えなければなりません。
3.二つの作為症の違い
ミュンヒハウゼン症候群は自分自身に、代理ミュンヒハウゼン症候群は子どもなど他者に
症状を作り出す点が、大きな違いです。
病気の人を懸命に世話する姿を見ると、私たちはつい「愛情深い人」と思います。
けれど、看病の形をしていれば、すべてが愛とは限りません。
4.何度も病院へ行く人が作為症とは限らない
以前、脳梗塞を経験したある女性から、私は何度も健康相談を受けました。
今は体調が良く、医師から「病気はありません」と言われても、
「そんなことはない」と別の病院を探すのです。
ただし、この行動だけでミュンヒハウゼン症候群とは決められません。
病気への強い不安から、健康だと言われても安心できない人もいます。
表面の行動だけで病名をつけず、その人が何を恐れ、何を求めているのかを見る必要があるのです。
なぜ病気を作り出すのか|認められたい心理と歪んだ愛
1.病気を通して関心を求める心
ミュンヒハウゼン症候群も、代理ミュンヒハウゼン症候群も、
その背景を一つの心理だけで説明することはできません。
それでも、人に関心を持ってもらいたい、自分の居場所がほしいという、
深い心の渇きが隠れていることがあります。
病気になると心配してもらえる。
懸命に看病すれば、「よくやっている」と認めてもらえる。
そうした経験が、いつしか心の安心を支える柱になるのかもしれません。
2.誰かに必要とされたい心理
別の女性は、認知症のお母さんをかいがいしく世話しています。
周囲がデイケアや施設を勧めても、なかなか受け入れません。
彼女は働いているので、日中、お母さんは一人になります。
それでも「自分が世話をしなければ」と頑固に抱え込むのです。
彼女には最愛の息子がいて、子育てが生きがいでした。
けれど息子は成人し、恋人ができ、やがて自分の手を離れていきます。
そんな時期に、母親の介護が新しい役割になったようにも見えました。
3.愛と支配の境界線
もちろん、この女性を代理ミュンヒハウゼン症候群と呼ぶことはできません。
病気を意図的に作り出しているわけではないからです。
ただ、介護を抱え込む姿の奥に、
「誰かに必要とされたい」「息子からもっと認められたい」という気持ちが混じることはあります。
世話をすること自体は尊いものです。
けれど、相手の回復や自立よりも、
自分が必要とされ続けることを望み始めたとき、愛は支配へ傾いていきます。
4.相手の自立を喜べる愛へ
本当の愛とは、相手を弱いまま自分のそばにつなぎ止めることではありません。
その人が自分の人生を歩けるようになり、自分の手を離れていくことさえ喜べる愛です。
「私はこんなに尽くしている」から、「この人が幸せに生きるには何が必要だろう」へ。
視点が変わると、自己犠牲と愛の違いも見えてきます。
愛はベタベタと絡みつくものではなく、本来は相手にも自分にも、自由な呼吸を許すものなのです。
疑われるときの対応と、自分を満たす健全な愛
1.子どもの安全を最優先にする
代理ミュンヒハウゼン症候群が疑われるとき、最初に守るべきものは子どもの安全です。
身近な人を印象だけで加害者と決めつけるのも危険ですが、確証がないからと放置することもできません。
相手を直接問い詰めるのではなく、症状が起きた日時、養育者の説明、受診や治療の経過など、
確認できる事実を記録し、医療機関や児童相談所などに相談します。
「虐待かもしれない」と思った段階でも、児童相談所虐待対応ダイヤル「189」につなぐことができます。
2.介護を抱え込まないことも愛
一方、介護や看病を一人で背負っている人には、人の力を借りる勇気が必要です。
デイサービスや施設を利用することは、親を見捨てることではありません。
自分が倒れるまで世話をすることだけが愛ではないのです。
家族、地域包括支援センター、介護サービスなどにつなぎ、自分が休む時間を確保する。
自分の健康を守ることも、長く穏やかに相手と関わるための大切な愛です。
3.誰かに必要とされる前に自分を満たす
誰かから関心がほしい。愛がほしい。
けれど、その人は本当に一人ぼっちなのでしょうか。
愛はちゃんと周りにあるのに、過去の傷や寂しさのために見つけられないことがあります。
だから渇き、誰かを世話することで自分の存在価値を確かめようとします。
栄養不足や睡眠不足、慢性的な疲労が心の余裕に影響することもあります。
食事、休養、体を動かすことを含め、心と体の両方を整える視点も欠かせません。
4.心・体・魂から自分を見つめ直す
「なぜ私は、必要とされなければ価値がないと思うのだろう」
その問いの奥には、幼い頃に受け取れなかった愛や、
長い間閉じ込めてきた感情があるかもしれません。
ヒーリングやリーディングは、代理ミュンヒハウゼン症候群を治療するものではありません。
しかし、自分では気づきにくい心の傷や思い込みを見つめ、
本当は何を望んでいるのかを知るための一つの入口にはなります。
心、体、魂を少しずつ整え、自分で自分を満たせるようになると、
相手を縛らず、その人の回復と自立を心から喜べる愛へと変わっていくのです。
私がお伝えする、エクササイズや、良いお水やヒーリングや健康情報を詳しくお知りになりたい方はこちらまでお問合せお願いします。
代理ミュンヒハウゼン症候群に関するQ&A
Q1.代理ミュンヒハウゼン症候群とミュンヒハウゼン症候群の違いは何ですか?
A. ミュンヒハウゼン症候群は、自分自身の症状や病歴を意図的に装ったり、
病気やけがを作り出したりする状態です。
現在は「自らに負わせる作為症」と呼ばれています。
一方、代理ミュンヒハウゼン症候群は、親などの養育者が、
世話をしている子どもなどの症状を装ったり、実際に作り出したりする状態です。
現在の医学的な名称は「他者に負わせる作為症」です。
大きな違いは、病気にされる対象が「自分自身」なのか、「子どもなどの他者」なのかという点です。
代理ミュンヒハウゼン症候群では、子どもが不必要な診察や検査、投薬、治療を受ける可能性があるため、
単なる親子関係の問題ではなく、児童虐待や医療虐待として捉える必要があります。
こども家庭庁の資料では、近年「Medical Child Abuse」と呼ばれることも示されています。
Q2.病院へ何度も行く人や、介護を抱え込む人も代理ミュンヒハウゼン症候群ですか?
A. 病院へ何度も行くことや、家族の介護を一人で抱え込むことだけで、
ミュンヒハウゼン症候群や代理ミュンヒハウゼン症候群と判断することはできません。
作為症では、症状や病歴を意図的に偽ったり、病気やけがを作り出したりすることが重要な特徴です。
検査で異常がないと言われても病気への不安が消えず、
安心を求めて受診を繰り返す人とは、分けて考える必要があります。
また、親の介護を人に任せられない背景には、
責任感や罪悪感、「自分が世話をしなければ」という思い込み、
誰かに必要とされたい心理が隠れていることもあります。
しかし、それだけで病名をつけることはできません。
大切なのは、身近な人を決めつけることではなく、「なぜ一人で抱え込んでしまうのか」
「世話をしない自分には価値がないと感じていないか」と、心の奥を丁寧に見つめることです。
Q3.代理ミュンヒハウゼン症候群が疑われる場合、周囲はどう対応すればよいですか?
A. 代理ミュンヒハウゼン症候群が疑われる場合は、
親や養育者を直接問い詰めるよりも、まず子どもの安全を最優先にします。
症状が起きた日時、養育者の説明、受診した医療機関、検査や治療の経過など、
確認できる事実を記録し、医師、看護師、学校、保健師、児童相談所などの専門機関へ相談します。
個人の印象だけで判断せず、複数の専門家が情報を共有して確認することが重要です。
「児童虐待かもしれない」と感じた段階でも、児童相談所虐待対応ダイヤル「189」へ相談できます。
確実な証拠がそろうまで待つ必要はありません。
加害が疑われる人にも、
深い孤独や「認められたい」「必要とされたい」という心の傷が隠れている可能性はあります。
しかし、心の事情を理解することと、子どもへの行為を容認することは別です。
まず医療・福祉・心理の専門的な支援を優先し、
そのうえで本人が自分の心を見つめる準備ができたときには、
ヒーリングやリーディングを自己理解の補助として活用することもできます。
なぜ誰かに必要とされなければ安心できないのか、
その奥にある寂しさや思い込みに気づくことが、健全な愛を取り戻す一歩になることがあります。
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