「女性らしさって誰が決めたの?」大河ドラマから今も変わらない日本の違和感
わたし渡邉登代美は25年前に4度の手術後、半分寝たきりになった時に栄養不足と毒の溜まりすぎが病気の原因だったことを知りました。
その後元気になり、健康アドバイザーとして24年、たくさんの人に関わっていく中で、健康に良いツールのサプリメント、抜けない水素水、波動療法、
運動療法、心理学療法、ヒーリングに出会いながら、時にはアメリカまで行って勉強しました。
そして健康は一つの角度からだけでなく、様々な角度からのアプローチが必要と気づきました。
真の健康は心の健康、体の健康、魂の健康が揃ってこそだと思い、その大切さ、そのことを伝えるべくブログを書いています。
ですのでわたしのブログは心の健康、体の健康、魂の健康をテーマに書いています。
その問いに違和感を覚えたとき、私たちは自由への扉に立っています。
ドラマに映る日本の男女格差と固定観念をひもときながら、
自分らしく生きるための気づきを静かに探っていきます。
女性らしさとは何か――大河ドラマに映る違和感の正体
女性らしさとは何か――
その問いに、はっきりと答えられる人はどれほどいるでしょうか。
多くの場合、それは「優しくあるべき」「控えめであるべき」といった、
社会や文化の中で形作られてきたイメージにすぎません。
つまり女性らしさとは、本来の性質ではなく、長い年月をかけて作られてきた役割の一つなのです。
ある大河ドラマ(数年間の「いだてん」です)に描かれた女子スポーツの場面は、
その違和感を鮮やかに浮かび上がらせてくれました。
女性が足を見せて走ることに対して非難が向けられる一方で、その努力や結果は軽視される。
ドラマでは「足を見せて走るな」という男性に、
「そう言うこと言うなら男性は目隠ししろ!」と女性達は対抗します。
スカッとするけど、ドラマのことであり、
この構造は、今も脈々と続き、決して過去の話ではありません。
現代の日本においても、女性がどのように見られるか、
どう振る舞うべきかが無意識に求められている場面は少なくないのです。
なぜ私たちはそこにモヤモヤを感じるのでしょうか。
それは、時代が変わってもなお、日本の男女格差が根深く残っているからです。
表面的には平等が進んでいるように見えても、
家庭や職場における役割分担や期待の差は、今もなお存在しています。
「女性はこうあるべき」という見えない圧力は、多くの女性にとって生きづらさの原因になっています。
しかし、その違和感こそが大切なサインです。
私たちが当たり前だと思ってきた「常識」とは、実はありふれた意見の積み重ねにすぎません。
常識とは何かと問えば、それは時代や環境によって簡単に変わるものだと気づきます。
「常識は18歳までに身に着けた偏見のコレクション」などと言う人もいて共感します。
「常識」って、全員が共通して持っている、確かなものではないということですね。
ですから、時にありふれた意見に、変に振り回されてしまうことも多いと思います。
親や社会から受け取った価値観を、そのまま信じ続けているだけなのかもしれません。
「女性らしさ」に違和感を覚えたとき、それは自分自身の本音に触れた瞬間でもあります。
無理に合わせてきた生き方に、小さなひびが入る。
そのひびこそが、新しい自分へとつながる入り口なのです。
Q1.女性らしさとは何ですか?本当に必要なものなのでしょうか?
A.女性らしさとは、社会や文化の中で作られてきた役割やイメージの一つです。
優しさや控えめな態度などが求められることが多いですが、
それは本来の性質ではなく、時代背景や価値観によって形作られたものに過ぎません。
そのため、女性らしさが「必要かどうか」は人それぞれです。
無理に合わせることで生きづらさを感じるのであれば、それは手放してもよいものです。
大切なのは「女性らしさに従うこと」ではなく、「自分らしく在ること」です。
違和感を感じたときこそ、自分の本音に気づく大切なサインといえるでしょう。
男性らしさとは何か――対立ではなく“バランス”という視点
男性らしさとは何か。
この問いもまた、女性らしさと同じように、社会の中で作られてきた価値観の一つです。
強くあれ、責任を負え、弱さを見せるな――
そうした期待は、男性自身をも縛ってきました。
男性らしさとは、本来の個性ではなく、求められてきた役割の集合体ともいえるでしょう。
ここで見えてくるのは、女性性と男性性の違いです。
一般的に女性性は受容や共感、男性性は行動や決断といわれます。
しかし大切なのは、これらは性別によって分けられるものではなく、
誰の中にも両方存在しているということです。
女性であっても決断力を持ち、男性であっても共感力を持つ。
それが自然な姿なのです。
では、なぜ対立が生まれるのでしょうか。
その原因は、役割を固定してしまう思い込みにあります。
「男性はこう」「女性はこう」と分けてしまうことで、
無意識のうちに優劣や支配の構造が生まれてしまうのです。
日本の男女格差がなかなか縮まらない背景には、この根深い固定観念があります。
男女平等とは何かと考えたとき、それは単に同じことをするという意味ではありません。
本当の意味での男女平等とは、お互いの違いを認めながら、対等な関係であることです。
どちらかが上でも下でもなく、それぞれが尊重される関係です。
視点を変えるだけで、世界の見え方は大きく変わります。
男性か女性かという枠を超え、「人としてどう在るか」に目を向けたとき、
対立は少しずつほどけていきます。
そしてその先にあるのが、女性性と男性性のバランスという新しい生き方なのです。
Q2.男性らしさと女性性・男性性はどう違うのですか?
A.男性らしさとは、「強くあるべき」「責任を負うべき」といった社会的な期待や役割を指します。
一方で女性性・男性性とは、性別に関係なく誰の中にもある性質やエネルギーのことです。
一般的に、女性性は受容や共感、男性性は行動や決断といわれますが、どちらも人にとって必要な要素です。
この2つのバランスが取れていると、無理なく自然体で生きることができるようになります。
つまり、男性らしさ・女性らしさは外から与えられたもの、
女性性・男性性は内側にある本質的な力と考えると理解しやすいでしょう。
固定観念を手放す――自分らしく生きるための第一歩
では、私たちはどのようにして固定観念を手放し、自分らしく生きることができるのでしょうか。
最初の一歩は、「女性らしさ」に対する思い込みに気づくことです。
「こうあるべき」という考えに縛られていないか、自分に問いかけてみることから始まります。
固定観念を手放す方法は、決して難しいものではありません。
日常の中でふと感じる違和感に目を向けること。
「本当にそれは必要なのか」「誰のための選択なのか」と問い直すことで、
少しずつ思い込みはゆるんでいきます。
これは心だけでなく、体の緊張をゆるめることにもつながります。
心と体のバランスが整うと、自然と行動も変わってきます。
無理に頑張りすぎない、必要以上に我慢しない。
女性性と男性性のバランスを意識することで、行動と受容の調和が生まれます。
それは、どちらかに偏るのではなく、自分にとって心地よい状態を見つけることです。
日常の小さな選択が、やがて大きな変化につながります。
頼まれごとを断る勇気、自分の気持ちを大切にする姿勢。
それらは決してわがままではなく、自分らしく生きるために必要な行動です。
自分らしく生きるとは、誰かに決められた役割を演じることではありません。
心と体、そして意識が一致したとき、人は本来の自分に戻っていきます。
男性らしさ、女性らしさという枠を超え、人としてお互いを認め合う。
その先にこそ、これからの時代にふさわしい調和の社会があるのではないでしょうか。
私がお伝えする、エクササイズや、良いお水やヒーリングや健康情報を詳しくお知りになりたい方はこちらまでお問合せお願いします。
Q3.固定観念を手放して自分らしく生きるには、何から始めればいいですか?
A.固定観念を手放すための第一歩は、「それは本当に自分の考えなのか?」と問いかけることです。
私たちの多くは、親や社会から教えられた価値観を無意識に信じています。
そのため、自分の中の「当たり前」を一度疑ってみることが大切です。
例えば、「女性はこうあるべき」「我慢するのが当たり前」と感じたときに、
その考えが本当に必要なのかを見つめ直してみてください。
小さな違和感に気づき、それを無視しないことが変化の始まりです。
また、心と体をゆるめることも重要です。
無理をしすぎない、自分の気持ちを優先する、
そうした小さな行動の積み重ねが、やがて自分らしく生きる大きな力になります。
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