障害者雇用はなぜうまくいかないのか――国と企業が見落とす現場の現実
わたし渡邉登代美は25年前に4度の手術後、半分寝たきりになった時に栄養不足と毒の溜まりすぎが病気の原因だったことを知りました。
その後元気になり、健康アドバイザーとして24年、たくさんの人に関わっていく中で、健康に良いツールのサプリメント、抜けない水素水、波動療法、
運動療法、心理学療法、ヒーリングに出会いながら、時にはアメリカまで行って勉強しました。
そして健康は一つの角度からだけでなく、様々な角度からのアプローチが必要と気づきました。
真の健康は心の健康、体の健康、魂の健康が揃ってこそだと思い、その大切さ、そのことを伝えるべくブログを書いています。
ですのでわたしのブログは心の健康、体の健康、魂の健康をテーマに書いています。
障害者雇用や障害者枠があっても、合理的配慮や受け入れ体制がなければ、
本人も周囲も傷つきます。
働きやすい職場とは何か。
国と企業が使いこなせていない現実を、実話から問い直します。
障害者枠は“雇えばいい制度”ではない
― 障害者雇用制度の問題が現場を苦しめる理由
企業の障害者枠って知っていますか。
私も何となく名前だけは聞いていましたが、最近立て続けに三人の方から、
この制度に関する怒りや悲しみの声を受け取り、今日はそのことを書いてみたいと思いました。
日本では障害者雇用率制度が設けられており、民間企業には法定雇用率が課され、
2026年4月時点では2.5%、従業員40人以上の企業には障害者雇用の義務があります。
さらに2026年7月からは2.7%へ引き上げ予定です。
制度そのものは、障害のある方が職業を通して自立し、誇りをもって働ける社会をつくるためのものです。
けれども現場では、その精神より先に「人数を満たすこと」が目的になってはいないでしょうか。
私は、この制度を作りっぱなしにした国と、
ちゃんと社員や障害者社員のことを考えていない企業のずるさに、やはり憤りを感じます。
障害者雇用の問題は、採用したかどうかだけでは終わりません。
本当に大切なのは、雇ったあとにどんな受け入れ体制を整えるかです。
障害特性への理解、仕事内容の切り分け、周囲との情報共有、そして合理的配慮。
そこが抜け落ちたままでは、障害者雇用は「制度」ではあっても、「生きた支え」にはなりません。
障害者雇用がうまくいかない理由は、本人の努力不足でも、現場の善意不足でもなく、
制度と実務の間に大きなずれがあるからです。
雇えばいい、置けばいい、人数が足りればいい。
その固定観念が、現場の苦しさを見えなくしているのです。
障害者枠とは、数字を埋めるための仕組みではなく、一人の人生を支えるための入口である。
その当たり前を、私たちはもう一度思い出す必要があるのではないでしょうか。
Q1.障害者枠とは何ですか?普通の雇用と何が違うのでしょうか?
A.障害者枠とは、障害者雇用制度のもとで設けられている雇用の仕組みで、
障害のある方が働きやすい環境の中で仕事に就けるようにするための入口です。
本来は、単に採用人数を満たすための制度ではなく、
本人の障害特性に応じた配慮や支援を受けながら、安心して働き続けられることが目的です。
普通の雇用との大きな違いは、働くうえで必要な合理的配慮や受け入れ体制を前提に考える点にあります。
ところが現実には、障害者枠で採用しても、
その後の職場環境づくりが追いつかず、本人も周囲も苦しくなってしまうことがあります。
つまり、障害者枠は“採用の形”ではなく、“働き続けるための支え”まで含めて考えなければ意味がないのです。
障害者雇用の現場で何が起きているのか
― 企業の実態と、合理的配慮なき受け入れ体制の限界
ここからは、私が健康相談を受けている友人二人と、友人のお嬢さんの実話です。
ひとり目の大切な友人は、薬剤師の資格を持ち、大きな会社で検査の仕事をしています。
昨年、彼女の職場が障害者枠で採用した方は、耳が不自由なため、
伝達のほとんどを彼女が手書きで行わなければならなかったそうです。
それだけでも大きな労力ですのに、仕事の基礎から理解してもらう必要も多く、
彼女は自分の仕事がほとんどできなくなってしまいました。
その方の勤務時間が終わってから残業をして、自分の業務を片づける日々。
ストレスは積もり、ついにはご自身の健康を害してしまいました。
もうひとりの男性も、同じように支える側に回り、
強い緊張と疲労のなかで体調の異変を抱えるようになり、会社に行けなくなってしまいました。
ここにあるのは、個人の優しさの問題ではありません。
障害者雇用の受け入れ体制が整っていないことの問題です。
合理的配慮とは、特別扱いをすることではなく、
その人が働けるように職場の環境や伝え方を整えることです。
事業主には、過重な負担にならない範囲で合理的配慮を提供する義務があり、
相談に対応する体制や窓口整備も求められています。 (厚生労働省)
それなのに、現場では一人の社員の善意に丸投げされてしまう。
これでは障害者雇用のミスマッチが起きるのも無理はありません。
支える人も苦しみ、雇われた人も居場所を失う。
障害者雇用の企業実態として本当に見つめるべきなのは、採用人数ではなく、
こうした静かな疲弊なのだと思います。
制度の看板が立派でも、現場に支えがなければ、人は簡単に追い詰められてしまうのです。
Q2.障害者雇用がうまくいかないのは、本人の問題なのでしょうか?
A.いいえ、障害者雇用がうまくいかない理由を、本人の努力不足だけで片づけるのは適切ではありません。
実際には、障害者雇用がうまくいかない背景には、
企業の受け入れ体制の不足、障害特性への理解不足、情報共有の不十分さ、
そして合理的配慮の不足が重なっていることが少なくありません。
たとえば、業務内容が曖昧なまま配属されたり、誰がどこまで支えるのか決まっていなかったりすると、
現場の社員に負担が集中します。
その結果、支える側が疲弊し、本人も居心地を失い、職場全体がぎくしゃくしてしまいます。
これは個人の問題というより、障害者雇用のミスマッチや、
制度を現場で生かしきれていない構造の問題です。
障害者雇用を本当に機能させるには、「頑張れば何とかなる」という考え方ではなく、
「どうすれば無理なく働けるか」を職場全体で設計する視点が必要です。
病院ですら起きる“理解なき採用”と、これから私たちに必要なこと
― 障害者が働きやすい職場と、心を立て直す力
私の大事な友人のお嬢さんには、軽い知的障害があります。
高校で一生懸命勉強し、昨年春に就職しました。
看護師さんに憧れていた彼女にとって、病院勤務はとても嬉しい仕事だったと思います。
家族にとっても、胸がいっぱいになるような一歩だったはずです。
ドキドキしながらも、彼女なりに頑張っていたのだと思います。
ですが、ある時から仕事に行けなくなりました。
後になってわかったのは、病院側が彼女に知的障害があることを、
きちんと把握していなかったという現実でした。
雇用の際に学校から提出された書類を、十分に読んでいなかったのです。
私はこの話を聞いて、あまりにもひどい現実だと思いました。
医療機関でさえそうなら、障害者雇用制度の問題は、想像以上に根が深いのかもしれません。
障害者雇用がうまくいかない理由は、結局のところ、採用で終わっているからです。
本来は、採用前の確認、受け入れ体制、合理的配慮、
定着支援までが一つの流れでなければなりません。
国は制度を作るだけでなく、企業が現場で使える支援をもっと厚くするべきですし、
企業も納付金やイメージのためではなく、本当に働きやすい環境を整える責任があります。
けれど同時に、私はもうひとつ大切なことを感じます。
こうした理不尽のなかで傷つくのは、制度の外側にいる人だけではありません。
支える家族も、現場の社員も、本人も、みな心をすり減らしていきます。
だからこそ、社会を変える議論と同時に、自分の心を整える時間も必要です。
怒りや悲しみでいっぱいになった心をほどき、本当は何を感じ、どこへ向かいたいのかを見つめ直すこと。
その小さな立て直しが、次の行動につながります。
ヒーリングやリーディングは、制度の代わりにはなりません。
けれど、苦しさで固まった心をゆるめ、自分の感覚を取り戻す助けにはなります。
社会の仕組みを問いながら、自分の内側にも光を戻していく。
その両方があってこそ、私たちはもう少しあたたかな未来に近づけるのではないでしょうか。
私がお伝えする、エクササイズや、良いお水やヒーリングや健康情報を詳しくお知りになりたい方はこちらまでお問合せお願いします。
Q3.障害者が働きやすい職場にするために、企業と国は何をすべきですか?
A.障害者が働きやすい職場をつくるためには、企業も国も「制度を作ること」で終わらせず、
「現場で機能させること」まで責任を持つ必要があります。
企業に必要なのは、採用前に障害特性や必要な配慮を確認し、
仕事内容や支援方法を明確にすることです。
さらに、指導担当者一人に負担を押しつけず、チームで支える仕組みを整えることも欠かせません。
伝え方の工夫、相談しやすい空気、定期的な面談など、小さな配慮の積み重ねが、
働きやすい職場づくりにつながります。
一方で国には、障害者雇用制度を設けるだけでなく、企業が実際に合理的配慮や定着支援を行いやすいよう、
福祉や就労支援との連携をもっと強めてほしいところです。
障害者雇用は、雇用率を満たすことが目的ではありません。
本人も周囲も安心して働ける環境を育ててこそ、本当の意味での共生社会に近づいていくのだと思います。