何度も手術となる体の不思議

女性性の開放
女性の体の健康

20代の3回の手術

前回初めての生理にまつわる、嫌な思い出のせいで、自分に刻み込まれた記憶による思い込みを書きました。

その後の私は大学時代の4年間、親元を離れて住み込みの新聞配達の時に、雨や雪の中、毎朝、毎夕3時間、1年に8回しか休みもなく、新聞配ったり、集金したので体を冷やしました。

また新聞配達のストレスで、いつも頭の中は食べ物のことばかり。「あーこの団地配り終わったらあそこのパンをドカ食いしよう」「ここの坂を何とか上り切ったら絶対あのチョコを一袋は食べる」「あと何件集金したら。。。」などと、甘いもの、パン類、お菓子ばかり食べていて、食生活が、かなりいい加減になっていました。

そんなわけですので、ストレス食いで10キロも体重が増えてしまいました。
そのため、その後無理なダイエットを何度もやってはリバウンドを繰り返していました。

本当に体にはかわいそうなことばかりしていた20代です。

生理の時の、女性になることへの違和感や、食生活、体を冷やす生活、無理なダイエットなどのせいで、どんどん不健康になっていき、それがたたって、病気になるのです。

20代は手術を3回もしました。
虫垂炎、痔、卵巣腫瘍です。
体に対して申し訳なくて今思うと涙が出そうです。
そんな20代でした。

虫垂炎の原因

虫垂炎になぜなったのか本当のところわかりませんが、当時を振り返ると仕事から逃げたくてなっていたような気がしました。

虫垂炎にかかりやすい人は自分が安全ではないと感じ、誰かに依存するために、自分のことをありのままに表現することができないということもあるらしいです。

自分の気持ちをありのままに表現できないというのは確かにありました。
それは「女性性の開放に目覚めるまで①」に書いたように、父に何もいうことができなかった、母を助けられなかったことに起因しているのだと思います。

もしそれらの思いでも病気を招いているとしたら、その考え方を変えなければ、何度も繰り返すことになります。

卵巣腫瘍になる前の謎の腰痛

卵巣腫瘍になる前は、突然の原因不明の腰痛に悩まされました。
それは不思議なのですが、朝起きてからぴったり3時間後くらいに激痛が来るのです。
起きて1時間朝食や支度、通勤1時間、仕事開始1時間後くらいなのです。
しかもその後3時間くらい痛みに悩まされた後は、午後はぴたりと良くなるのです。
当時私は中堅どころの会社の社長秘書をしており、秘書課の部長は、社長にお茶を出した後は、空いている応接室で寝ていていいよと言ってくれました。
私は痛みで涙を流しながら、応接室のソファで寝ているのです。
私がいない間は、不動産部などほかの部署からの女性の応援でしのいでいました。
迷惑をかけておりました。
ソファで涙を流して痛みと格闘するのですが、午後はそれまでが嘘のように元気!
そんな私に、いろいろな部署の部長が、親切にいろいろな病院、整体を大手病院から有名な整体師のところまで紹介してくれました
20代の私は高齢者ばかりいる泌尿器科から、婦人科、腸、整体と、あらゆるところへ行き検査をするのですがどこに行っても解決策が見つからず、、本当に困っていました。
女性性の開放

手術は何度やっても嫌です

その病院巡りの中で、婦人科で、卵巣腫瘍の小さいのが見つかり、これが大きくなったら手術と言われたのです。
だから検査には何か月かに1度は来なさいと言われました。
まさかこれの手術もする羽目になるとはその時は思いもしませんでした。

その後も朝起きてから3時間後、3時間だけ痛い、謎の腰の痛みから逃れられない中、半年が過ぎていきました。

そして卵巣腫瘍も、その半年の間に大きくなっていったのです。
それで手術となりました。

とにかく卵巣腫瘍の手術も辛かったです。
会社の人が入れ替わり立ち替わり、毎日のようにお見舞いに来てくれたり、同室の人とも仲良くなり、結構楽しかったのは覚えています。

そして術後腰痛もなくなりました。
医師や母や上司や友人はみな、卵巣腫瘍で腰が痛かったのだと言いましたが、朝起きてから3時間後、3時間だけ痛いのが卵巣と関係していたとは思えないのですが。。
また手術前に行っていた整体が何となくいいような感じがありましたので。。
しかしはっきりしたことは誰もわかりません。

とにかく手術は嫌でした。
そして手術したから卵巣腫瘍には今後なることはないと思い込んでいた私が、その後も卵巣腫瘍に再びなるとは思いもしませんでした。

そうやって私は西洋医学、民間療法、思い込みなど学び、知っていくのです。

また近いうちに続きを書きます。

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