新しい扉を開くために、もつれを思いっきりほどく

女性性の開放

量子もつれを説明

「新しい扉を開くために、もつれを思いっきりほどく」
とは、本当は、もつれは量子もつれとしたい私です。

ただ量子もつれに関しては、かなり難しい世界なので、タイトルにしてしまうと
間違ったり、違いすぎたりするかなと思い、言及を避けました。

そもそも量子もつれとは、あの「相対性理論」のアインシュタインが否定したものを
1964年に理論物理学者のベルが、破綻する不等式を生み出す実験に成功することから
ひっくり返っていきます。

ベルの不等式の破綻が起こる状況を実験で再現することができれば「量子もつれ」が正しいと
証明されます。

それをクラウザー氏(中央)が1969年に実験的にベルの不等式が破れる可能性があることが証明しました。
更に1982年、クラウザー氏の証明はアスペ氏(左)によってより隙がないものへと確率し、
1997年にツァイリンガー氏(右)によって行われた実験により「量子もつれ」は完璧に証明されました。

ですから、量子もつれはあるのです。

量子もつれを証明した3名の人には、ノーベル物理科学賞も送られました。

量子もつれというと、シュレーディンガーの猫や、二重スリット実験など有名ですが、
これに対しても様々な意見が飛び交いますね。

量子力学の分野で大きな功績を残した物理学者の
リチャード・ファインマンやニールス・ボーアは、

「量子力学を理解しているつもりになっているなら、
それは量子力学を理解していないのだ」という言葉を残したと言われているそうです。

もうこれに尽きますので、私はそこを掘り下げることなどできません。

虎に翼にスカッとする

ですので、私の言いたい、もつれは人間関係のもつれとでも言いましょうか。
(本当は量子もつれじゃないのと思いつつ)
タイトルに内容を戻します。

最近、私はNHKの「虎に翼」を見て、かなりスカッとしました。

これは日本初の弁護士女性を主人公にした戦後の物語です。

戦後法律が変わったため、弁護士にところへの依頼は多く、ある一家の話です。

その一家の母親は戦前の法律、家父長制度の中、生まれた男の子を義母に次々と
取り上げられます。

そして義母も夫も、子供たちの前で母親を馬鹿にし、家父長制度にあった教育をしていることに
反発するある女性。

仮にU子さんとします。
U子さんは夫からも無能力者と虐げられ、何とか抜け出したいと法律を学びます。

途中、夫が妾と結婚すると離婚届を突き付けられ、子供も渡さないと言われ、
三男と逃げるもつかまります。

その直後、夫が倒れ、麻痺になり、義母から夫を世話すれば三男といられると
言われ、10年も介護したり、家のことを切り盛りさせられます。

昔の女性は、今よりもっと酷い待遇の中、生きていたのがよくわかります。
でも子供のために我慢したのですよね。

スパッとたち切る

戦後、法律が変わり、夫も死に、遺産相続でもめます。

本来は妻に3分の1,子供たちが残りを等分にするはずです。
でも長男は戦前の法律を振りかざし、遺産を全て自分がもらうと主張。

これに対し、U子さんは、放棄しないと言いました。
やっと言いたいことだけ言えたのですね。

そこに優しい三男が、おばあちゃんとお母さんの面倒は僕がみる。
おばあちゃんがお母さんをいじめなければと強く言います。

子供たちも取り上げられ、法律の学びの道も閉ざされ、
長年虐げられてきた夫に、妾と結婚すると言われ、倒れた後は10年も介護してきたけれど
三男さんだけでもいい子に育って、U子さんは救われたのではないかと思いました。

ところがところがです!

その三男が、夫の妾にたぶらかされ、その女性と結婚すると言います。

また家族で大もめです。

その時、、

U子さんは突然大笑いします。

みんな仰天。

「私、結婚も、子育てもみんな、うまくいかなかった。失敗したんだ。」

「私、遺産、放棄します!」

私もえー!と思いました。

でも同時に凄い、スパッと切った!!よく言った!!!と思いました。

新しい扉を開けて次元を上げる

本当にスカッとしました。

またそのままいったら、結局はまたおばあちゃんのお世話を押し付けられ
家のことをさせられ、長男次男からも馬鹿にされ、長男の嫁と対立する
姿は目に見えています。

今のままだと、今の思考だと、また同じような道をいくことになるのですよね。

そのこんがらがった、U子さんを縛り付け、辛い道を行かせようとする、
何者かの意図のような、その糸のようなものを断ち切ることができたのです。

ほどくことができたのだと思います。

もつれを切ったのです。

それこそ、新しい扉を開いたのだと思います。
新しい次元に昇れたのです。

もったいないと思う人もいることでしょう。
我慢すれば、遺産もらえたのに。

でも遺産があれば自分の人生を犠牲にしてもいいのでしょうか。
イエスときっぱり言う人もいるかもしれません。

でも折角この世に生まれてきたのは、
自分の心と体を犠牲にしてでも
安泰した人生を送るためではないと思うのです。

魂は自分の心と体を犠牲にしてでも、安泰でいる人生を求めていないのだと思います。

魂は体験したくて体験したくて、体験したことで、自分をどんどん広げていきたいのです。

今回のステップアップがなければ、また次に同じことがずっと付きまとうでしょう。

低い次元のループから抜け出れなくなると思うのです。

来世があるなら、また同じことの繰り返しでしょう。

目先の楽をとり、その先の苦をまたやるのか。

私たちは大きな目的を持った、壮大な流れの中にいるのだと私は信じています。

だから、魂の喜ぶこをしなければと、私もたくさん間違いながら、思い起こすのです。

皆さんはどちらがいいかしらね。

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