障害者や健常者も思いは同じ
パラリンピック
パリでのパラリンピックも終わりました。
障害者を対象としたスポーツの祭典でしたが
通常のオリンピック種目である陸上の走り幅跳びの
30年以上破られなかった世界記録が
パラリンピックの選手によって記録更新されるかもと話題になりましたね。
残念ながらドイツ人のマルクス・レームは世界記録を出せませんでしたが
(金メダルはとりましたが)
障害があっても、障害のない人の記録を破れる寸前のところまできている
その精神力、努力、素晴らしいと思います。
義足だから有利とかいろいろいう人もいるらしいですが
並々ならぬ努力があってこそ抜きんでてきたのであり、
走り幅跳びにかける情熱は人の心を打ちます。
障害者である事をプラスに捉えるメンタルにも、
健常者を超える精神力を感じます。
全力を傾ける姿は素晴らしい
日本人のパラリンピックでの活躍も素晴らしかったです。
車椅子ラグビーで日本が史上初の金メダルを取りましたね。
車椅子同士の激突は通常ラグビーよりも凄まじかったです。
パラリンピックに出ている選手は、
以前から障害者である事が逆に良かったと言われていました。
人は何かしらの障害があればあるほどそれを武器に、
その現実を乗り越える力が備わっているように思います。
何かに全力を賭けて取り組む姿は感動します。
障害者も健常者も同じ思いがある
パラリンピックの選手たちは
『ハンディキャップがあっても「頑張ればできるから!」と、同じ境遇の方へ勇気を与えたい』
という気持ちがあると聞きます。
障害者だから、健常者だからという垣根が低くなってきているのも感じます。
誰かに希望や勇気をあげられたら。。
みんな誰かの役に立ちたい。
みんな同じ思いでいる。
そういう思いが強くなっているのを感じます。
素晴らしいことです。
そのように努力できるのは恵まれた環境もあるのだと思います。
健常者もそうですが、障害者もいろいろやろうと思うとお金がかかります。
本当はいろいろな人がやりたいことができる世界なら良いですが
結局、スポーツを極めるのにもお金がかかります。
健常者もそうだけれど、障害者も最低限の生活は守られるけれど同様。
それでもこれからの若い人たちには健常者も障害者も
努力の末に凄い感動や新しい世界が待っていることを伝えるのも
オリンピック、パラリンピックの目的の一つであると思います。
でももっと大事なものもある。
本当の共生社会の実現
パラリンピックには共生社会の実現に良い影響を与えるの目標もあると
思います。
過去に、ピョンチャンパラリンピックを見た障害者にアンケートをとったことがあり、
その内容をまとめた報告書を以前読んだことがあります。
再度探したら出てきました。
2018年3月~6月に実施された、NHK放送文化研究所の調査でした。
ポジティブな意見、ネガティブな意見、様々ありますが、
障害者と一口に言っても個人差が大きかったり、障害の種類がそれぞれ異なるので、
スポーツを見るだけでも簡単でない方も多く、まだまだ改善の余地は盛りだくさんです。
「パラリンピアンは障害云々の前に一人のアスリートとして取り上げてほしいし、
その障害を健常者が正しく理解できるような取り上げ方をすべきだ。
その上で健常者の皆さんが住むその街で、思いのほか身近な場所で
障害者が暮らしていると思ってもらえたらいいなと思う」
という方の言葉がわたしには響きました。
特別にではなく、普通にみんな生きているよ。
特別にではなく、この街で一緒に生きていこうよ。
そう問いかけているような気がします。
パラリンピックがただの障害者の祭典だけで終わらないよう願います。
やっぱり愛なんですよね。
みんなが地球を愛し、そこに住む人間、動物、植物、自然、生きとし生けるものを
愛していけたらなあと思います。
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