パワハラで傷ついた人から早く変化していける

パワハラ
女性性の開放

気づかない恐ろしさ

東洋経済オンラインの「パワハラが多い会社に未来はないと思う単純な理由」の記事を読んでいて、共感しました。
そして怖いなあと思います。

何が怖いかというと、「深く静かに先行せよ」みたいな感じで、少しずつ、本当に少しずつ、自分で判断する機会を奪われていることにです。

そしてそれ以前に、今の社会に繋がってきた、明治時代の家父長制度や上下関係が染みついてしまっているこの社会自体、変わっていかなくてはならない時がきたのだと痛感します。

東洋経済オンラインの記事では、けして、ひどい上司が出てくるわけでもないのです。
暴言もまだ浴びせていません。
どこにでもある、日常のありふれた光景の中のことです。

上下関係が固定している会社では、部下の自分への自己評価が低くなります。
上司のいう言葉は絶対で、それに合わせている部下たちの様子をそのまんま綴っているだけです。

でもだからこそ、この古い体質が変わらないと、会社の未来がないのではと、危機を感じてる筆者の思いが伝わってきます。

パワハラ

あちこちに潜むパワハラ

3年くらい前でしょうか、ゴールデンウイークに東北に遊びにいきました。
その頃、私は始めていた、御朱印帳をもって回りました。

その時、いくつかの個所では普通に御朱印帳に書いてくださったのですが、有名なお寺のある個所だけ違いました。

御朱印を書きながら、私からお金をもらいながら、「こんな御朱印なんてわかりもしないでやって阿保か」みたいに私に言ったお寺の方がいました。
その時私はびっくりして言葉すらでなかったです。
その方は何か虫の居所が悪かったのかなと思いました。

しかし、そのあと、私が女性だから言ったのではないかと思いました。
唖然としている私の後ろに並んでいた男性の様子を3人ばかり見ていましたが、男性にはそんなこと言っていませんでした。

そしてそのあと、私と同じ嫌な思いをした人の話を聴くと、女性ばかり。

女性や高齢者に対して、自分より下と思っている男性に対して、子供に対して暴言を吐くのは、卑劣です。
自分より弱いと勝手に思っているものへの暴言は最低です。

東洋経済オンラインに出てくる会社はまだ何も起きていませんが、このお寺ではパワハラが起きているのかもしれないですね。

新しい時代に合う生き方

私もブログでよく書いていますが、時代は確実に変わってきています。
ですから時代に合わせて、自分も変化してかなければならないのです。

いったい時代の何が変わってきているか?

〇今ある仕事がAIにとられる社会がきます。その準備があちこちで始まっています。
〇お金もリアルなコインではなく、決済がスマホやカードなどにかわっていく準備が起きています。
〇物質に価値がなくなってきています。

これだけでも大きな変化が世の中にもたらされ、いろいろなものがかなり変化していきそうですね。
これだけ変わっていくと、不安にもなりますよね。

多くの人の不安をよそに、今までとは、180度変わってしまうのではないかとも言われています。
私もそれを感じます。

何が180度変わるかもしれないかというと、価値感や、考え方です。

時代の変化の中に、物質に価値がなくなってきていることも、私は挙げています。

それはどういうことかというと、人々が精神性へと気持ちをシフトしつつあるので、物の贅沢よりも心の豊かさに移行し始めています。

今まではみんなで、あのブランドいいねとか、ああいうおうちで暮らしたい、ああいう車を持ちたいと
だいたい、おおかた似たような、ステイタス、同じ趣向を目指していました。

でも今は、一人一人、自分はこういうものと繋がりたい!と気持ちが分かれ始めています。
ですから大量生産では売れない時代になるのではないかと思います。

パワハラ

日本人には強い味方がある

変化というのは、嬉しいことばかりではなく、寧ろついていけずに、不安定になったり、痛みも伴いますね。

でも人は変われるのです。

令和の時代を迎えました。

元号が変わるのは、世界中みても、今や日本だけです。

元号が変わることは良い意味を持っています。
新元号への切り替えに合わせて、人々は、古くて腐ったものは捨て、古き良きものは残し、新しいものを受け容れる準備を心の中でしています。

本来、日本人は変化を上手に受け容れていける民族です。
それは、日本には四季があるので、衣替えと称して、新しい変化を受け容れる準備が得意な民族のはずです。

外国などは、古いものをぶち壊して新しいものを創造をする!みたいな表現をします。
それがいい人はそれでいいですよね。

でも日本人には四季があるのが、元号があるのが、ある意味チャンスです。
変化に対応していける感性があるはずなんです。

ですから、古くて良くない、家父長制を、パワハラをいつまでもやっていたりすると、完全に乗り遅れています。

人を見下すのはやめましょう。

また見下されるべきではないのです。

人を見下すのは、ジャッジしてしまうからです。
あーあの人はああなんだ。
あんなところはちょっとね。。と。
それがエスカレートしていくと、いつの間にか人を見下すことに繋がります。

でも自分に見せられていること、自分の周りで起きていることは
全て自分のことを映した鏡みたいなものです。

周りで起きていることは、すべて自分事としてとらえると良いです。
自分のことと思ってみれば、何かを学んだり、気づいたりします。

そう思えば、自分の成長のために、それを見せてくれたことに、そこには感謝しかなくなってきます。

パワハラや人を見下すなど、古い体質をひきずっている人たちも、それ以上に引きずっていない人たちが増えていけば、そのうち居場所もなくなります。

女性たちは、見下された男性たちは、傷ついています。

でもだからこそ、傷ついた女性たち、男性たちから解放されていくのです。

私たちは傷ついた分、どんなことをされると傷つくかわかっているから、私たちはそんなことしない!できないはずです。
「おれはパワハラしていないというけれど、わかっていないようだから、教えてあげようか」くらい言っても良いです。

だって、本当にそうなんです。
痛みがわかっている分、これからの時代は、それが強みです。

パワハラとか、上下とか、威張ったりする、そういう行為はやっている本人は、自分が馬鹿なのがわかっていないのです。
気づけないのです。
ある意味、哀れです。

痛みを知っている人たちは、そんなバカバカしい古い体質を引きずっている人たちを横目に新時代を走り出しましょう。

今こそ!時代に合う生き方を選び取っていきましょう。
私もです!

お問い合わせはこちらから

関連記事一覧