チャレンジする時
チャレンジからは逃げられないのです
誰でも変わりたい!と思って、いろいろとチャレンジしてきた歴史はあることでしょう。
そしてそのチャレンジしたきた分だけ、失敗もしているのではないでしょうか?
そうしてそのままにしているのではないでしょうか?
私もその一人であります。
でもチャレンジしないとならない、飛び越えなくてはならない時はやってくるものです。
逃げても、必ず時と場所と形を少しばかり変えて、原因となる本質は変わらずに、必ずやってくる。
そうそう逃げきれるものではないのです。
それは表面上は気づかないかもしれませんが、自分の奥底で変わりたい、成長したいと言うものがあるからやってくるのです。
そんな時あなたならどうしますか?
まずは認める、受け容れる
それには逃げていたものに対して、逃げ切れないんだと自覚し、背中を向けていたものに対して、くるりと正面を向くしかありません。
まずば認めるのです。
その問題が自分には必要だからやってくるのだと認め、しっかりと受け容れることです。
その時、私がすることは、自分を自分であって、自分でない第三者のように思うやりかたです。
人間には、悲しみ、怒り、苦しみ、喜びなどの感情や、食べたい、〇〇したいという欲望を支配するものと、そういったことを超えた精神性のような意識が存在します。
私は自分の中にある二つの中の精神性のほうに集中するようにします。
精神性とは、愛するものを慈しむような気持を思い出し、自分はその愛するものに対して恥じた行動をしていないだろうかと私は考えます。
今の考え方は古い
「宇宙船地球号」の概念、世界観の提唱者である、バックミンスター・フラー氏はたくさんの名言を遺していますが、私の中で好きな名言が2つあります。
一つは「私たちの人生の目的は、現在、そして未来の世代の人々のために
新たな貢献をすることである。」
そうです。
まさに精神性とは、誰かのためにと考えられるような気持ちです。
もう一つは「目の前の現実と闘っても何も変えることはできない。何かを変えたければ、
今の考えが時代遅れになるような、新しい考えをつくるべきだ。」
だから私は、今の考えは古いから、このままではチャレンジできないと考えます。
自分を変えたいなら、ありきたりなやりかたではないものを模索するようにします。
例えば極端な例でいえば、環境を変えてしまう。
外国でチャレンジするというように。。
身近で言えば、チャレンジを何のためにするかをよく考え、チャレンジする間だけでも、今までと同じ人とは付き合わないとか。。
そのことによって、周りの環境もガラリと変わっていくでしょう。
何かを変えたければ思い切った新しいやり方を模索するのがいい
何も人に冷たいことをしろと言っているのではないのです。
何かを変えたければ、何かにチャレンジしたければ、今までと同じ考えでは通じない可能性が大なのです。
私達は目の前のことに集中してしまうところがあります。
それが良い時もあるでしょうけれど、チャレンジの時は、階段を上がるわけですから、負荷もかかるでしょうし、枠をはずしていかないとできないのです。
何かを変えたければ思い切った新しいやり方を模索するのが良かったりします。
そして階段を上がったとき、その自分の考えは正しかったんだと気づくことでしょう。
私もこれまでにそうやって少しずつ上がってきた気がします。
成功者の多くはもっとハードに駆け抜けているかもしれません。
私の場合はちょっとずつです。
それでもみな、前を向いていかなければならないとき、上がっていかなければならない時があるのですから、、、その時に私が書いていることがお役に立てれば幸いです。