卵巣腫瘍の術後に元気を貰った娘とサプリメント

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2回目の卵巣嚢腫の手術は辛かった

「恐れを手放し、自立のチャンス!」にも書きましたが、2回目の卵巣嚢腫になり、卵巣腫瘍を取る手術をしました。

2回目は37歳で、体力的にも、状況も大変でした。
子供が3歳と5歳とまだ小さかったので、保育園の送り迎えやお世話も大変で、実母や義父母にも迷惑かけました。

子供たちにも寂しい思いをさせました。
夫も大変な中、毎日のようにお見舞いに来てくれたのは、夫に対しても感謝の気持ちでいっぱいでした。

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術後起き上がれない状態が続き・・・

大変だったのは、術後が一番大きかったです。

20代の卵巣嚢腫の手術の時は、独身でしたし、術後も仕事をお休みする時間も頂き、復活できました。

が、2回目術後はそうも簡単にはいきませんでした。
まず術後の入院中に、熱が出て、中々下がらなかったです。
1回目の時にはなかったことです。

当時の担当医は、テレビにでも出るような有名な女医にたまたま当たり、安心していたのです。
ですが、その女医に熱のことを相談しても「熱が出ているのは、卵巣腫瘍で手術したのとは関係ありません。院内感染かも」と言われたのです。

「院内感染?」当時、院内感染の言葉が病院でも流行っていましたが、検査もしていないのに、簡単に決めつけるその態度にびっくりしました。
案の定、検査しても院内感染の結果は出ず、でも微熱が続いているのに、原因も解決策もわからないまま、ベッド数の関係なのか、退院させられたのです。

送りつけられたサプリメント

そんな状態で自宅に戻った私ですので、寝てばかりいました。

しかも、退院後、グーのまま握りしめたまま手が開かなくなったりが時々起きました。
両手もあげることができなくなったり、そのため、洋服が着替えられず、夫が手伝ってくれました。
世界がぐるんぐるんと回るような激しい眩暈に襲われたりもしました。

ですが当時のお仕事の、夫の会社の本屋の仕事も長く休んでいられず、事務仕事だけで精一杯でした。
グーで握りしめたままの手にペンを入れて書いたり、そんなことが続きました。

そんなとき、アメリカの親友から「いつ電話しても寝ているから、良い栄養補強食品のサプリメント送るから飲んでね。支払いは後でいいから」と送り付けられたことがありました。

でも18年前、サプリメントの知識もよくわからず、親友が私のことを思いやって送ってくれたのだけは有難く思いましたが、そのままにしていたのです。

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5歳の長女がご飯を炊いてくれた

それで家では寝てばかりいる状態が続いたためか、ある時、娘の声がしたのです。
長女5歳、保育園生です。

「ママー、ご飯が炊けたよ~」その声にはさすがにびっくりして飛び起きました。
急いでキッチンに行ってみると、椅子を置いてその上に乗って、炊飯ジャーの蓋を嬉しそうに開けている長女がいたのです。

それまでお米のとぎ方なども教えたことがなかったのですが、長女は私がやっているのを見て覚えたらしく、お米はといだそうです。
ただ最後にお水を入れなかったので、ガチガチのお米が炊けていました。

まだ5歳でも、こんなに人の役に立とうと、私を気遣ってご飯まで炊いてくれる姿に涙が出ました。
あー私はしっかりしないといけない。
そう強く思いました。

そこで私はアメリカの友人が送ってきてくれたサプリメントを思い出し、飲んでみるのです。次回に続きます。

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